利用者の方のお声で感じること

訪問看護ステーションには、利用者の皆さんから手紙などの形で

お声をいただくことがあります。

サービスを利用して良かったという内容のものが多いのですが、

その中でも特に目立つのが

「こんなことならもっと早く利用すれば良かった」というものです。

訪問看護ステーションという存在自体をご存知なかったか方も多いと思いますが、

それ以上に感じるのが「家族の面倒は家族が見る」という

旧来から半ば常識になっている価値観です。

確かに昔であればそれが美徳だったかも知れませんが、

今は違います。

特に「家庭は女が見るもの」という価値観が過去のものになっている昨今、

家族のケアをするのも「女がやるべきこと」という考え方も

古いの一言に尽きます。

餅は餅屋という言葉があるように、看護やリハビリが必要な方には

看護やリハビリのプロがサービスを提供する時代です。

まだまだ未整備な部分は多いものの、そのための制度も整いつつあります。

このような仕組みになっていることを知らない、

もしくは「家族の世話は家族がするもの」という常識にとらわれていまい、

訪問看護ステーションを利用しないことによる負担が大きくなっているとしたら、

それは本当にもったいないことだと思います。

そのせいで家族の仲が険悪になってしまっていたというご家庭も、

実際に見たことがあります。

以前と違い、介護などのケアは技術や介護用品の進化により、

プロがやったほうがはるかに効率も良くなっています。

その事情も考えると、やはりプロに任せたほうが負担も少なくなるでしょう。

そして何より、ご家族だけでお世話をすると悩みも内向きに

なってしまいがちですが、プロが関与することによって相談しやすくもなり、

精神的な負担もかなり少なくなると思います。

まさに「こんなことならもっと早く利用しておけば良かった」と

思われる理由ばかりです。

些細なことでも構いませんので、

まずはプロに相談してみるというスタンスでいつでもお声がけを

いただければと思います。

有名人の「自宅ホスピス」でターミナルケアにも注目が集まる

乳がんで闘病の末、亡くなったことが社会的にも

大きな衝撃となった小林麻央さん。

若くしてがんになってしまったこと、

テレビでも活躍していた有名人だったことがインパクトとなり、

彼女が綴っていたブログも多くの読者に支持されていました。

彼女の闘病と最期を迎えた時に私が注目したのは、

自宅での緩和ケアを選択したことです。

ブログを見ていても家族と過ごしている様子が綴られていますが、

小林さんが病気であることを除けば、

ごくありふれた人の日記のように綴られています。

その中で彼女は何度も、自宅で療養をしていることへの思いを語っています。

明確な言葉は使っていないものの、

本人は人生の最期が近づいていることを認識していたことでしょう。

その時間をどう過ごすかという結論が、家族と過ごす自宅での時間でした。

末期がん患者の緩和ケアのことを、ホスピスといいます。

彼女は自宅ホスピスを選択し、残された時間を家族や子供たちと過ごしました。

そのことにはとても満足している様子がうかがえるので、

近年になって病院ではなく自宅で最期を迎えたいという人が

多くなっていることも頷けます。

訪問看護ステーションには、ターミナルケアというサービスがあります。

これも自宅ホスピスに近いもので、

人生の最期を自宅で穏やかに迎えたいという方のためのものです。

訪問看護ステーションおとのいでは特に、「心のケア」に力を入れています。

先ほどの小林麻央さんの場合は、

穏やかに毎日を送っている様子が綴られています。

この方はとても強いと思います。

すべての人がこのように穏やかに現実を受け入れることが

できるわけではないので、

いかに心穏やかに毎日を送ってもらうかが重要なのです。

この小林麻央さん以外に、先日亡くなったアメリカのジョン・マケインという

政治家も最後は自宅での緩和ケアを選択しました。

家族に伝えたいことがあるという理由からでしたが、

残された時間を思うように使えたのではないでしょうか。

有名人がこのような最期を迎えると、

ターミナルケアのように自宅で最期を迎えることへの関心が高くなります。

これを一過性のものとすることなく、

すべての人が自分の人生の幕引きを考える機会になればと思います。

当たり前にできていたことが、できなくなるということ

訪問看護ステーションおとのいには、訪問リハビリサービスがあります。

リハビリというとケガをした人が再び日常生活が

できるようにするといった治療を想像される方も多いと思いますが、

私たちが提供しているリハビリサービスは人が本来持っている能力、

機能が十分ではなくなった方に対して、

その機能を回復できるようにお手伝いをするものです。

私たちが日常的に行っていることというのは、

どれも素晴らしい身体の仕組みによって支えられています。

食べ物を食べると噛んで飲み込み、消化をするという一連の流れがありますが、

これとてすべての機能が正常だからこそできることです。

食べ物を噛んでいる時に舌を噛んでしまわないのはなぜか、

考えたことはありますでしょうか。

人は食べ物を噛んでいる時、無意識に舌を噛まないようにうまく避けています。

この機能がもし損なわれてしまったら、

毎回のように舌を噛んでしまって食事どころではないでしょう。

食べたものがちゃんと食道を通って胃袋に到達して、

そこから消化されて栄養を吸収、そして最後には排泄。

私たちはこの営みを毎日当たり前のように続けていますが、

これはすべての機能が正常だからです。

そのことに私たちは感謝すべきですが、

当たり前すぎてなかなかそこまで思いが至りません。

訪問リハビリは、そんな当たり前にできていた機能が十分ではなくなり、

生活に不便をきたしている方のためのサービスです。

機能回復が最終的な目的ですが、思い通りにならない場合は

今の状態で生活していける環境を作ることも視野に入ります。

当たり前にできていたことができなくなるというのは、とても辛いことです。

できれば人の世話になりたくないという方が大半だと思います。

そんな方へのサービスなのですから、

どれだけ機能を回復できるかということだけでなく

現実を受け入れてその中で快適な生活を模索するのも大切なことです。

リハビリは症状が進行する前、できるだけ早期に取り組んだほうが

効果が期待できます。

ご家族が見ていて少しでも異変を感じたら、

できるだけ早くご相談をいただき、より良い方法を考えましょう。

カンファレンス、情報共有の大切さ

訪問看護の現場では、カンファレンスという打ち合わせが

日常的に行われています。

担当しているご利用者様の方々に関する情報を共有し、

ケアの進め方について情報の共有や意見の交換を行う機会です。

訪問看護ステーションおとのいでは月に一度、

看護師や理学療法士が集まってカンファレンスを行っています。

この職業はそれぞれのスタッフが看護や介護に対して自分の意見を

しっかりと持っている人が多いので、

その意見を出し合って意思を統一しておくという意味でも、

このカンファレンスは重要な時間となっています。

もちろん、週に一度のカンファレンス以外にも、同様の機会はたくさんあります。

朝、スタッフが出勤をしてきたらまず、

ミニカンファレンスとも呼べるような時間を設けています。

このようにスタッフ同士が緊密に情報を交換しておくことは

サービスの質を向上するためにとても重要なので、

何かと忙しい朝であっても皆が必ず日課として行っています。

看護、介護は人が相手の仕事です。人が相手である以上、

ご利用者様の状態も時間とともに変化します。

その変化について情報を共有していないと二度手間になってしまったり、

ご利用者様に不安を与えてしまうようなこともあると思います。

それを防ぐ意味でも、情報を共有することが大切であると実感させられます。

一般的な会社で行われている会議やミーティングというのは、

「会議のための会議」と揶揄されることもあるほど、

面倒な存在として見られがちです。

しかし、訪問看護ステーションで行われるカンファレンスは

それとは全く違います。

漫然と参加する人はいませんし、

カンファレンスに出席しているのに何も意見を発しないということもありません。

そこにはやはり、個々のスタッフが自分の仕事に対して思いを

持っているからだと思います。

訪問看護ステーションとしての価値向上にゴールはないので、

これからもカンファレンスの活用によるサービスの向上に

努めていきたいと思います。